まとめ Summary

 この研究では,主観的な見通しであるキャリア・パースペクティブが,保育士の転職や離職の行動選択に関連するという考えから,「保育士のキャリア・パースペクティブマップ」を作成する課題に取り組みました。マップの作成によって,次のことが示唆されました。なお,この研究では,保育士が勤務施設を変えることを転職,保育職を辞めることを離職と呼称しています。

転職・離職を考えたことがない保育士は,状況対応の必要性を持たず,保育職への意欲が大きい。環境条件の裁量性や,過去・未来展望には特徴がない。離職・転職を考えた保育士において,環境条件の裁量性や過去・未来展望が,パースペクティブの焦点に入ってくる。

転職・離職を考えながらも思いとどまり,現職を継続する保育士のパースペクティブの特徴の大きなものは,次の2点であった。

  • 特徴①:これまで現職に就くために費やしたコストや,現職を目指した時の気持ちといった,過去展望に焦点。

  • 特徴②:自分の裁量で変えられる環境条件に焦点。

転職・離職に至った保育士のパースペクティブはの特徴の大きなものは,次の2点であった。

  • 特徴①:現職に留まった場合の自己成長の見通しや,転職・離職後の生活の見通しなど,行動選択後の未来展望に焦点。

  • 特徴②:自分の裁量で変えられない環境条件に焦点。

 マップに現れている関連から,安易に因果関係を判断することはできませんが,次のように考えることが可能です。転職・離職に至らないケースでは,過去展望に縛られて動けなくなり転職・離職を断念し,自分で環境条件を変えようとします。転職・離職に至るケースでは,自分では環境条件を変えることができないため転職・離職せざるを得なくなるとともに,行動選択を行った後の未来がどうなるかについての展望を行います。特に,妊娠・出産や結婚などの,プライベートにおけるライフイベントが関連します。ライフイベントとの両立が難しい職場環境では,転職・離職を余儀なくされることになります。また,未来展望には,他の職で働く意欲や,他の土地で暮らすこと,自分の望む生活のイメージなど,保育職を離れた内容が含まれます。

事例からは,次の示唆が得られました。

2つの事例のどちらも,養成校から直ちに保育職に就くことなく,4年生大学に編入学し,卒業後に保育職に就いている。特に1つの事例では,一旦は一般企業への就職を考えながらも,最終的に保育職を選択した。その背景には,「好きなアイドルのライブを楽しむために東京に生活拠点を移したい」という希望があり,そのための手段として,東京での保育職への就業を選択していた。楽しみたい趣味が先にあり,それをかなえる土地への移住をもとめ,その手段として保育士という職を選択する行動をとっていた。

 マップの構造と,事例の内容から,次のように考えることができます。

 離職を考えながら思いとどまる保育士において,「仕方なく保育士を続けている」というパースペクティブが生じたことが示唆されました。このような視点を持ちながら保育職を続けることが望ましいとは限りません。全ての離職を防止することを目的とするのではなく,離職した保育士が保育職に戻ることを望んだときに,再び保育職に就けることが大切です。

 事例では,個人の望むライフスタイルが先にあり,保育職に就くことは,望むライフスタイルを実現する手段でした。保育職の流動性や,勤務形態の多様性を高めながら,個人の望むライフスタイルの実現における保育職の利点を,保育士に広く周知することが,保育士確保のために有効と考えられます。