事例紹介 Case Study

首都圏の民間企業が運営する保育所へ就職を決めた2名のインタビュー事例

 かつて保育所の設置主体は,原則として市町村・社会福祉法人等に限られていました。しかし待機児童の問題が深刻化するにつれ,その解消を目的として設置主体制限の撤廃が検討されるようになりました(中央児童福祉審議会,1999)。2000年には保育所の設置認可の指針が改訂され(厚生労働省,2000),審査基準に適合すれば設置主体を問わず認可することになりました。この指針を背景に,2001年4月までに,株式会社,NPO等市町村・社会福祉法人以外の主体による保育所は,全国で27件設置されました(厚生労働省,2001)。

 大手企業によって運営される保育園の多くが,関東圏の都市部に存在します。大手企業が関東圏都市部に集中していること,また都市部における保育の需要が大きいことによると考えられます。

 ここでは,地方圏の大学を卒業し,首都圏の民間企業が運営する保育所へ就職を決めた2名のインタビュー事例を紹介します。なお,これ以降,民間企業が運営する保育所を「企業運営型保育所」と呼称します。これは,一般に「企業主導型保育所」と呼ばれる,企業の社員を対象とする企業内保育所とは異なります。

インタビュー事例Interview

 インタビューの対象は,短期大学の保育士養成課程で保育士資格を取得した20歳代の女性,AさんとBさんでした。どちらも,短期大学卒業時に就職することなく,4年制大学へ編入学しました。その後大学を卒業し,東京にある企業運営型保育所に就職しました。Aさんには,卒業・就職を目前に控えた2月にインタビューを行いました。 Bさんには,就職後1年のサイクルを経験した後の,2年目の5月にインタビューを行いました。あらかじめ文書による研究協力依頼を行い内諾を得たうえで,文書と口頭の両方で研究について説明を行い,協力参加の同意を文書によって得ました。1名につき3回のインタビューを行いました。1回目のインタビューで聴き取った内容について,2回目,3回目に確認と補足質問を行いました。 インタビューに先立ち,山陽学園大学・山陽学園短期大学研究倫理審査委員会による承認を受けました。

事例①: Aさん(4年制大学卒業直前の2月にインタビュー)

保育士を目指す

 高校卒業時の進路に迷い,高校時代の行事で子どもと触れ合い楽しかったことから保育士を目指し,短期大学の保育士養成課程に進学しました。

短期大学養成課程での経験

 同じ目標を持つ同級生に囲まれ,学生生活を楽しく過ごしました。実習では指導者とのコミュニケーションに苦労し,泣くこともありましたが,保育園実習では子どもと良い関係を作ることができました。

就職せず4年制大学へ編入学

 卒業を前に保育士の求人を調べると,保育士の待遇が責任を見合っていないと感じました。実習時の体験から,保育所の人間関係は就職して実際にそこに入ってみるまでわからない賭けのようなものと不安を感じました。公務員保育士や一般企業への就職については時期を逸しており間に合わいませんでした。短期大学の教員からは実習施設への就職を勧められましたが断りました。無理やり決断するより一旦よく考えたいと思いました。

 同系列の4年生大学への編入制度を知って,編入学したいと親に相談したところ,無理に保育士になってもよい結果にならない,2年考えてみて保育士になりたくなったらいつでもなれるから,と賛成してもらえました。4年制大学で障がい児心理学を学びたいと思いましたが,編入学時点では,保育士になりたい気持ちはありませんでした。

4年制大学卒業を前に,東京の保育所への就職活動

 大学3年になり,就職活動が始まりました。一般企業への就職を考え,合同説明会に参加しましたが,一般企業の仕事に興味を持てませんでした。給与さえよければ保育士として就職したいと考え,インターネットで情報収集をしました。

 それまで,好きなアイドルのライブに参加するため東京に頻繁に行っていたことから思いつき,東京の保育士の求人を調べてみました。都会には企業型の保育所(「企業運営型保育所」)が多く,それらは独自の福利厚生制度を持っていました。 企業運営型保育所に興味を持ち,また東京に就職すれば好きなアイドルのライブに簡単に参加できると考えました。東京の保育業界の合同説明会に参加しました。運営企業の募集に登録し,企業運営型保育所の個別説明会にも参加しました。 施設を見学し採用担当者から,地方からの就職も多いことを聞きました。実際に働いている地方出身の保育士からは,補助やサポートが多いという話を聞きました。経営母体がしっかりした企業で安心だと思いました。説明会参加のための上京に必要な交通費も,見学先の施設から支給されました。

 地元に残り保育士として就職したら,給与が低く一人暮らしもできない。地元であれば保育士ではなく一般企業へ就職するしかない。保育士資格を活かし東京の企業運営型保育所に就職すれば,家賃補助が得られ給与も高く,福利厚生もよく,アイドルのライブも楽しめる。 若いうちに好きなことをしたい,地元から出るには今しかない,だめなら戻ればよい。転職が当たり前の世の中で,無理なら辞めればよいし深く考えずに東京で保育士として就職しようと思いました。新しい世界に飛び込んでみることにしました。

 大学4年在学時の4月に,東京の企業運営型保育所3つから内定を得ました。親と相談し1つを選択しました。大学卒業までの期間,内定先で毎月懇談会が開かれ参加しました。東京までの交通費も支給されました。採用担当者と話をし,同期になる予定の他の保育士とも顔見知りになりました。 東京に出ることに不安がありましが,悩むことはありません。

事例②: Bさん(就職2年目の5月にインタビュー)

保育士を目指す

 母親が保育士をしており,幼いころ,母親の勤務する施設で保育を受けていました。当時の楽しい思い出があります。小中学生のころは母親の勤務施設でボランティア活動に参加しました。保育士を目指すため,養成校への進学を考えました。

 中学生のころから東京や大阪で開かれるライブに行くようになり,都会に憧れていました。好きなアイドルのライブに行きやすいと思い東京の大学への進学を考えましたが親から止められました。母親の出身校である短期大学の保育士養成課程に進学しました。

短期大学養成課程での経験

 養成校での勉強は楽しいものでした。実習では苦労もありましたが,母親に相談しながら乗り越えました。実習施設への不満もたまたま自分に合わなかっただけと考えるようにしました。担当児が少なければ目が届くのに,保育園,幼稚園では,職員が担当する園児の数が多すぎると感じました。

就職せず4年制大学へ編入学

 短期大学の授業で発達心理学に興味を持ち,4年制大学に編入学してさらに学びたいと思いました。奨学金もあり,親の賛成も得ることができました。編入学し大学卒業後に東京で保育士になろうと決めました。大学では保育士になってからのことをイメージしながら心理学を学びました。

4年制大学卒業を前に,東京の保育所への就職活動

 東京で保育士として就職するための情報を集め,3年の夏から就職活動を開始しました。保育士専門の就職サイトを利用し,東京の就職先を探しました。東京での就職に失敗する可能性も考え,同時に地元の就職先も探しました。ただ,母親や先に就職していた短期大学時代の友人から地元の施設のいろいろな噂,施設内の人間関係の難しさを聞いていたため,地元の就職先の選択には慎重になりました。

 地元には大規模園が多く,小規模園であってもこれから規模が大きくなっていくと聞きました。大規模園は子どもに目を配るのは難しく,小規模園で子どもや保護者と深く関わりたいと考えました。

 東京の保育所の合同説明会に参加しました。東京への交通費やそこでの食事,おみやげも全て支給されました。そこで,東京の施設と地元の施設の違いや,東京には小規模園が多いことを知りました。就職先の選択のため,東京の施設を3つほど見学しました。東京への交通費は見学先の施設から支給されました。 規模や待遇,理念,人間関係などを確認しました。一人暮らしをするため,就職先からの補助も確認しました。園庭が無いのが気になりましたが,その時は無くてもよいかなと思いました。

東京の企業運営型保育所に就職してみて

 大学卒業後に上京し,希望通り東京の企業が経営する東京の保育所に就職しました。地元に就職するよりずっと多くの補助をもらうことができ、順調に仕事をしています。本社の人もいい人で,施設内の人間関係もよい状況です。人間関係は大切だと思います。組織の風通しがよく,間違っていると思ったら間違っていると言える。 園長に意見を言うことができる。担当する園児が少なく,目が届く。勤務時間内に書類を書く時間が確保されている。勤務時間の管理はICカード,書類作成は全てパソコン,保護者へのお便りは専用アプリと,ITCが導入されている。サービス残業はなく,残業には園長の許可が必要で,1分単位で残業代を支給される。 施設の方針で制作物を壁に貼らないので行事の制作物が少ない。仕事の持ち帰りが禁止されているため,持ち帰り仕事はない。家でゆっくりできるのはよいですが,母親が持ち帰り仕事をしているのを見ていたので寂しい気持ちもあります。新型コロナによって行事が減っている面もあります。

 今の施設が恵まれているので,他の施設で保育士としてやっていけるかを考えると,逆に怖い気持ちもあります。園庭が無くてもよいかと思っていましたがやはり必要だと思います。公園まで遊びにゆくため道中が怖いです。公園から子どもが抜け出すこともあります。園庭なら安心できます。

 保育士になったおかげで東京に来れました。他の仕事をやってみたい気持ちもあり,1回は保育士を辞めることがあるかもしれませんが,資格と勤務経験があればいつでもどこでも採用されるので,保育士になってよかったと思っています。

事例からの考察Consideration

 AさんBさんにとって,企業運営型保育所も,居住地としての東京も,魅力的でした。特にAさんは,地元で就職するのであれば一般企業に就職すると語っており,東京の企業運営型保育所の存在がなければ保育職についていなかったことになります。 また,AさんにとってもBさんにとっても保育士資格は東京に転出するための手段となりました。紹介した2事例では,企業運営型保育所が持つ誘因と,居住地としての東京が持つ誘因によって保育職に就いたといえます。そこで,この2つの誘因について,考察します。

企業運営型保育所が持つ誘因

一般企業と同じ就職活動

 保育士養成校の紹介で保育職に就く場合,紹介された地域の保育所に専願で応募することになります。複数の施設から説明を受け自分で選んで応募したり,複数の施設に応募したりといったことはできず,一般企業への就職活動とは全く異なります。 それに対し,東京の企業運営型保育所への就職活動においては,合同説明会,個別説明会への参加を経て,施設見学や社員・職員への質問の機会が与えられます。具体的な勤務条件や待遇についての情報が開示された中で応募先を選びます。 複数の施設に応募し,複数の内定を得た中から条件を比較して就職先を決めることができます。一般企業への就職活動と同じです。

コンプライアンスの重視

 総じて,東京の企業運営型保育所は,コンプライアンスを重視しているといえます。その理由として,運営母体が民間の大企業であり,母体そのものが高いコンプライアンスを求められていること, 経営上の体力,ゆとりある財務や人材を持つことが考えられます。人口の多い都市部では保育士確保のため,コンプライアンス重視を急がなければならないという危機感も大きいと考えられます。

恵まれた職場環境と待遇

 また,1年以上勤務したBさんの施設では,人間関係が良好で,管理職者や上司に意見をいえる風土があります。サービス残業や仕事の持ち帰りもなく,勤務する保育士の労働者としての権利が保障されています。 一人暮らしに必要な補助も充実しており,待遇に問題はありません。人間関係,待遇,労働環境などは,保育士の離職要因としてあげられています(松浦・上地,2022)。 AさんBさんとも,資格取得後ただちに地元で保育職に就かなかった理由として,待遇への不満,施設内の人間関係への不安を上げていました。これら保育職から遠ざける要因の解消は,東京の企業運営型保育所へ就職する大きな誘因となります。 Aさんは,大学卒業時に「給与さえよければ保育士になりたい」と考えていましたが,それがかなえられました。施設内の人間関係については,就職活動時の施設見学等を通じてある程度知ることができる点も,企業運営型保育所の利点でした。

ITC(Information and communication technology)導入による業務効率化

 Bさんの勤務する施設では,勤務時間の管理はICカード,書類作成はパソコン,保護者へのお便りは専用アプリで行うようになっており,ITCの導入が進んでいるといえます。 寺島・石崎・柴田(2022)の調査では,ITC業務支援システムが導入された保育所・認定こども園では作業負担が軽減された一方,ベテラン職員のITリテラシー不足や,システムを使いこなせる人材の不足により,一定の個人に負担がかかるといった人材面の問題,導入費・維持費の負担の問題が生じていました。 東京の企業運営型保育所では,経営母体の体力を背景に予算をつけ,若手職員を積極的に採用し十分に研修を行うことで,導入が容易になっていると考えられます。

企業運営型保育所において生じ得る問題

 働く保育士とっての魅力を備えた企業運営型保育所ですが,次のような問題が生じる可能性があります。

地域との関係づくりの難しさ

 保育所には,地域との交流や連携が求められており(保育所保育指針第1章1の(5)保育所の社会的責任),地域の子育て支援の役割を負っています(保育所保育指針第4章3地域の保護者等に対する子育て支援)。 しかし,都市部の人口や世帯数の増加に応じて開業されたばかりの企業運営型保育所が,ただちに地域との交流や連携を図れるとは限りません。

保育の質を担保することの難しさ

 Bさんは,施設の方針で制作物を壁に展示しないと語りました。壁に展示された制作物は子どもの発達を促進する刺激となり,季節感や情緒をはぐくむ働きを持ちます。 展示しない理由として,保育空間の確保や職員の負担軽減などがあると考えられますが,この状況は,子どもの発達のためには必ずしも望ましいとはいえません。Bさんは,施設が園庭を持たないことへの疑問も語りました。 園庭がないために近隣の公園に子どもを連れて行かなくてはならず,行き帰りの危険や,公園で子どもがいなくなる可能性について,Bさんは不安に思っています。保育所の運営企業は,小規模の施設を多数開所することで保育へのニーズを満たしていますが,1つ1つの施設に十分な設備を備えることの難しさがあります。

業務経験を積む場としての問題

 Bさんは,今の施設が恵まれていると思いながら,そうではない他の施設に将来勤務するときに,自分が通用するのかどうか不安を感じています。業務の効率化による負担の軽減は,保育士キャリアの初期にある保育士がキャリア構築のために積むべき経験をも,減らしている危険性があります。

居住地としての東京が持つ誘因

 AさんBさんは,どちらも東京への転出意向を持っており,その意向が保育士としての就職に大きな役割を果たしていました。どちらも,アイドルのライブに参加するため,たびたび東京へ出かけていました。Aさんは,大学在学中に東京へライブを見に行くため, 多額の金銭を使っており,東京に住むことで金銭的に楽になると考えました。Bさんは,東京に住めばアイドルのライブに行きやすいと考え,保育士養成校への進学時に東京への進学を希望していました。進学時の状況は断念したが,就職時に上京することを計画していました。

 地方に住む若者の中には,都会への憧れを持つものが少なくありません。岡山県の2021年の発表によれば,2019年の20歳から24歳の若者は,7443人の転出超過となりました。全世代を合わせると,転出超過となる転出先の上位は,1位から順に,大阪府,東京都,兵庫県,神奈川県,京都府でした。 関西圏,首都圏への転出が多くみられます。また県内大学生のうち,県内出身者は4人に1人,県外出身者は6割が,卒業後の県外への転出を考えていました。内閣府(2019)が公表しているデータでは,地方から東京へ移動した若者の移動理由として「新しい生活を始めたいと思ったから」が女性で38.6%, 「都会に憧れがあったから」が女性で23.8%でした。地方から東京への移動理由として,「趣味を楽しむため」「文化や芸術に触れる機会が充実していると思ったから」は,女性においてどちらも8.9%と,それほど高くはないものの,地方の若者の転出を考えるうえで無視できる数字とはいえません。

結論Conclusion

 紹介した2つの事例では,資格保持者に保育職に就くことをためらわせる要因を解消した東京の企業運営型保育所の存在が,保育職への誘因となっていました。また,東京における条件の良い就職は多職種では難しいのに対し,保育職であれば可能でした。そのことが,東京に居住したい希望を持つ資格保持者にとって,保育職への誘因となりました。

 これらの誘因は,個人としての保育士資格保持者にとっての利点です。しかし,社会福祉において保育所の果たす役割を考えると,企業運営型保育所や東京に保育士が集中することは問題です。個人と社会との利益相反を解消する対策が必要といえます。

 なお,紹介した事例では,東京の企業運営型保育所と地方の従来型保育所の2項対立からの選択が行われていました。東京の従来型保育所,地方の企業運営型保育所に対し,どのような選択がなされるのかについては不明です。この点に注意が必要です。

引用文献

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    厚生労働省 (2000). 保育所の設置認可等について 厚生労働省Retrieved January 22, 2023 from  https://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/hoiku01/
  • [2]
    厚生労働省 (2001). 保育所設置に係る多様な主体の認可状況等について-平成12年3月の規制緩和措置の効果- 厚生労働省 Retrieved January 22, 2023 from  https://www.mhlw.go.jp/houdou/0105/h0521-2.html
  • [3]
    厚生労働省2017保育所保育指針(改訂) 

    https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000160000.pdf

  • [4]
    松浦美晴・上地玲子(2022). キャリア選択の当事者としての保育士が 離職・就業継続を選択する要因の検討にあたって 山陽論叢 28 (0), 61-67.
  • [5]
    寺島・石崎・柴田(2022).保育所・認定こども園におけるICT導入の実績とそれに伴う業務効率の意識 ―A県におけるアンケート調査を通じて―
    福岡県立大学人間社会学部紀要 31,57-70.
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    中央児童福祉審議会 (1999). 中央児童福祉審議会企画部会資料 保育所の設置主体制限の見直しについて 中央児童福祉審議会Retrieved January 22, 2023 from  https://www.ipss.go.jp/publication/j/shiryou/no.13/data/shiryou/syakaifukushi/765.pdf