背景と問題 Background and Issue

 待機児童の存在と保育士の不足は,長く問題とされてきました。厚生労働省の発表によれば,保育園の待機児童数は,平成29年10月において55,433人であり,前年10月より7,695人増加しました。増加幅は年々拡大しています。この状況を受け,厚生労働省は2013年に「待機児童解消加速化プラン」を作成しました。 また,待機児童問題解消には,保育士数の確保が重要であるため,2015年に数値目標と期限を明示し,人材育成や再就職支援等を進めている「保育士確保プラン」を策定しました。平成25年の調査では,養成施設卒業者のうち2.2万人,再就職を加えると4.9万人が保育士として就職しましたが,3.3万人が離職しました(厚生労働省,2017)。離職を防ぐことが保育士確保につながります。

 保育士の離職防止においては,環境要因や個人要因の改善が有効と考えられてきました。待遇や職場環境の改善や,知識やスキルを向上させる研修の実施が検討されています(「保育士確保プラン」厚生労働省)。保育士の研修方法についての研究もされています(例えば濵名ら,2015)。 私たちは,保育士の早期退職を引き起こす「新人保育士が経験する予想と現実とのギャップ」を調査し,その内容や構造,関連する個人要因を明らかにしていきました(松浦・上地・皆川・岡本・岩永,2018)。

 引き続き,私たちは,「キャリア・パースペクティブ」という概念に着目し,研究を行うことにしました。キャリア・パースペクティブとは「自分の人生における,職業生活を中心とした生き方の,実現可能性が加味された短期的・長期的見通し」(金井・矢崎,2005)と定義されており,個人の内的視点からの展望であり,主観的な見通しです。

 本研究が,個人の主観的な見通しに着目した理由は,次の通りです。キャリア・パースペクティブに似た概念として,「ライフコース」があります。これは「個人の生涯にわたる生活構造の変動過程」(大久保,1990)と定義されています。 ライフコースは外的視点から生涯をとらえたものです。一方,キャリア・パースペクティブは既述のように内的視点からの展望であり,任意の時点でライフコースをどのように見通すかということです。キャリア・パースペクティブは主観的な見通しであるため,ライフコース上で焦点の当たる範囲は絶えず変容します。その側面にはまず,時間的な長さがあります。焦点が短期的な展望となるか,長期的な展望となるかで,個人の選択が異なると考えられます。また,領域の側面もあります。Super(1980)のライフ・キャリア・レインボーの考え方に沿って考えると,自らの生涯で関わる職業や役割の領域のどこが焦点に含まれるかも変容します。

 自らのキャリアを展望する保育士の立場に立ってみましょう。保育職にかかわることは,キャリア展望の一部分にすぎません。展望の中には,結婚,出産等のライフイベントや,保育職以外の他職種就業への選択が含まれているはずです。 個人としての保育士が,展望上の焦点を,就業継続を困難とするライフイベントや他職種就業へ合わせている場合,保育職の待遇改善や研修等の対策に関心が向かず,容易に離職を選択してしまいます。

 私たちは,2019年度から2024年度にかけて,「保育士の離職防止に役立つ保育士キャリア・パースペクティブマップの作成」のテーマで研究を行いました。本ホームページはその成果をまとめたものです。保育士の離職防止のための情報提供の一つとなれば,幸いです。